Crossroads of my life -人生の岐路-Vol.2 寺田学氏

スタートラボがお届けする、インタビューシリーズ “Crossroads of my life”
ゲストの人生の岐路から、Pythonに携わる人々の熱い想いや信念を探っていきます。

第二回目のゲストは、PyCon JP Association代表理事であり日本のPythonista牽引役として活躍される寺田学氏。コミュニティ活動を中心に技術者としても企業としても成長させるために大事にしてきたことを語っていただきました。

【プロフィール】寺田 学(てらだ まなぶ)

一般社団法人PyCon JP Association 代表理事
一般社団法人Pythonエンジニア育成推進協会 顧問理事
Plone Foundation Ambassador
PSF(Python Software Foundation) Fellow member 2019Q3 & Contributing members
株式会社CMSコミュニケーションズ 代表取締役

1970年生まれ。2005年にPython製WebサーバZope/Python製CMS Ploneに特化したCMSコミュニケーションズを起業。国内でも早い段階からPythonでのシステム開発を手掛けており、Ploneのコアコミッターとしても活躍。2011年にPyCon JPを立ち上げ、一般社団法人PyCon JP Association代表理事を務める。Python著書・監修も多数手掛けている。Pythonをはじめとした技術話題を気軽に発信するPodcast「terapyon channel」(https://podcast.terapyon.net/)を配信中。

Crossroad -1- とにかく何でも挑戦した営業時代

10代の頃はカメラがめちゃめちゃ好きで、写真家になりたいと思っていました。
私は一般的で幅広い世界よりもマニアックな世界が好きで、一つのことに興味を持ったらその分野を深く掘り下げて攻め込んで、やりこみむ習性が昔からありました。
まだオートフォーカスカメラが出始めたころのことですが、35㎜のリバーサルフィルムで撮るのが好きで、毎年3月に開催される日本橋高島屋のカメラショー(現在のCP+)にも必ず行っていました。他の人たちがみんなオートフォーカスで撮っていても、自分だけはキャノンのT90というマニュアルフォーカスの最後の機種をずっと大事に使っていましたね。

大学を卒業してから最初の10年間は、産業電機と呼ばれる工場などで使われる制御機器を作るメーカーで営業をしていました。産業電機とは、製鉄所とか宅急便のベルトコンベアーなどの電気制御や、新聞輪転機の駆動制御などの特殊な生産設備などです。役割は営業でしたが、制御周りの基本設計工程も担当したり、現場に行ってお客さんと一緒にシステムを考えて提案もして、色々な事に挑戦していました。

Crossroad -2- 起業、そしてスキルアップにつながったコミュニティ活動

メーカーでは自分自身でものづくりをしていなかったので、今度は自分でも何か創りたいなと思っていました。当時、日経新聞の業界天気予報を見ると産業機械の分野は雨ばっかりで。ITだけはいつも晴れていたのを見て、Web分野がすっごく楽しそうで明るく見えました。日本の産業電機は決して悪い業界ではないけれど、ソフトウェアなどの仕入れが要らず、自分の手でものづくりが出来る業界に転身しようと思い仲間と一緒に起業をしました。

その頃の私のITプログラミングスキルは趣味や独学中心で、実務の経験はありませんでした。でも、チームに入らせてもらい業務を通じて覚えていきました。
当時はPythonよりもアプリケーションやフレームワークのほうに興味があって、Python製CMSのPloneが良いねって起業仲間と話していましたね。2005年頃の日本はPHP全盛で、技術書もPHP/MySQLしか無かった時代でしたが、そんな時代にPloneに特化したニッチな仲間と集まり、濃いメンバーと話すのが本当に面白かったです。グローバルコミュニティを中心に海外との繋がりができ始めたのもこの頃で、積極的にチームメンバーを集めるための行動が、当時も今もいい方向に寄与していると思います。

当時からコミュニティ活動が大好きで、勉強会やハッカソンに参加することで、自分の実力を知るきっかけにもなるし、自分も会社も伸びていっている実感がありました。コミュニティでは技術本を書くような方にも身近に会えるので、とても勉強になりましたね。例えば、出版前のレビューに参加したり、一緒に本を書こうという話になったりもしました。レビューをしていると、本を真剣に読みますし、疑問があれば著者に直接質問もできます。翻訳本の場合だと、訳の解釈で議論したり。そんな場に参加することがとても楽しく、コミュニティ活動がスキルアップに大きくつながったと思っています。

Crossroad -3- PyConJPの開催と一般社団法人の設立

2010年にPyCon APAC in シンガポールに参加したことがきっかけで、翌年の2011年からPyConJPとして日本でも開催しようとなりました。2011年1月にPyCon mini JPとして初開催し、2011年8月にはPyCon JPとしての本格的なイベントを開催しました。そして、2013年3月に一般社団法人PyCon JP Associationをつくって、その時座長だった私が代表理事に就任しました。理事やスタッフにも恵まれ、今はイベントは鈴木たかのりさんに任せ、私は代表理事として法人運営をメインに行っています。Pythonに期待する領域も、この短い期間でも様変わりしていっています。

2012年ぐらいからAI・機械学習によるPythonの台頭を感じ始め、この勢いは2014年には本格的になってきました。日本だとWeb開発に選択されるプログラミング言語は今でもRubyが多くありますが、2015年ぐらいからWebサービス開発の仕事でPythonを使う機会が増えてきています。2018年ごろから、AI・機械学習がすごい勢いで盛り上がっているのは皆さんも承知の通りだと思うし、今ではPythonが標準プログラミング言語的に仕事でも顕著に使われ始めていますね。

Crossroad -4- 変わってゆくPyCon JPとともに

以前、アメリカのUS PyConに参加して感じたことですが、US PyConではPythonを使っていない人も結構参加しているんです。US PyConは「Python is Community」とし、Pythonを使っているか使っていないかではなく、PyConに行くと新しい発見があり、楽しい友達、仲間がいて、凄い技術者もいて、それらが刺激になると思っている。例えば、「Docker」が初めて発表されたのは2013年のUS PyCon USだったと聞いています。エンジニアが新しい技術が生まれる瞬間に立ち会えるコミュニティは稀有だし嬉しいことだと思っています。

いまのPyCon JPは発表者と参加者が近いコミュニティで、今後新しくPythonに興味を持つ人はもちろんのこと、くからPythonを支えてくれている人たちも参加します。PyCon JPを常連ベテランばっかりが楽しい会にすることは個人的に反対だし、みんなも願っていないと思う。

とはいえ、多様性を持った大きなコミュニティというのと、常連ベテランを中心とした自分たちが楽しい会との2つがあっても良いとも思っています。2020年2月15日に開催した「Python 2 EOL Party in Tokyo」はPython2のサポート終了に伴って、古くからPythonを使っている人たちが昔を懐かしむ会として盛り上がったし面白かったですよ。新しい人たちはのけ者にされてしまう会でもあったので、間違えて参加した人には可哀そうではあったのだけれど、こういう試みはまたやってもいいかなと思っています。

「Python mini hack-a-thon」も来る者は拒まずにみんなを受け入れるけれども、PyConのようにみんなを楽しませようと頑張っているわけではなく、自分たちが楽しみたいことを優先している。

大学時代の友達と昔話、バカ話して飲むのが楽しいのと同じで、仲間内輪で飲むって楽しいわけですよね。それと同じようにコミュニティにも友達たちだけが集まって面白い場はあってもいいじゃないかって思っています。コミュニティには同窓会的な楽しみもあるので、両方ともオーバーラップさせたい。コミュニティでの楽しみ方をスマートにできたらよいですね。どう変わってゆくかは今後の新しい座長に託したいし、どういう未来を創るかはみんなで考えてゆきたい。

PyCon JPの未来は楽しみです。

Crossroad -5- Python × Vue.JS 50代でも挑戦し続ける

個人的な挑戦としては、いまVue.JSを習得しようとしています。私自身はReactなどでSPAとかのWebサイト全体を作る役割よりも、単体機能をVue.JSで作ることが多くなっています。

2016年頃からWebサービス開発でフロントエンド技術の重要度が増していることをすごく感じていて、仕事もフロント技術にシフトしているのに、自分だけはその領域は苦手ということがコンプレックスになっていました。
社員や協力会社のエンジニアさんもフロントエンド技術は普通に習得して仕事として成果を出していて、自分は概念や構造はわかっているけれどソースコードは見ていない状態でした。AngularかReactかVue.JS などは、長くPythonをやっているエンジニアなら多くの人が習得して業務でも使っています。

もうすぐ50歳になるので新しいことは覚えにくくなってくるし、新しいことを覚えなくても仕事としては成り立ってはいるけれど、それでは面白くない。自分は何もできないままでいいのか、できるようになったら幸せだろうなと。やっぱりなにか新しいことをやりたい、自分のものにすれば、仕事の幅も広げられると。経営者としてよりも一エンジニアとして、フロント技術を習得しない理由は無いし自分もやったほうが良いと思っていました。

わらしべ長者のような面白いエピソードがあって、年2回やっているPython mini hack-a-thon合宿でスキーを教えたら、恩返しにVue.JSを教えてもらって、そういう機会もあっていまも集中的に勉強しています。7月のPython mini hack-a-thon合宿中に朝から晩まで徹底的に教えてもらい、自分でも欲しかったアプリを合宿の最終日に急に思い立って作ってみて、その後も技術書読んだり、読書会参加したりビデオ学習なんかで集中してやりこんで、この2ヶ月でVue.JSがわかるようになってきた。

いま配信を続けているポッドキャストサイト(https://podcast.terapyon.net/)もVuePress(Vue.JS製の静的サイトジェネレータ)で自分で作りました。楽しいので仕事以外の時間で勉強とかの感覚ではなく時間を忘れて取り組んでいます。

Crossroad -6- PyCon JPの日本や世界への使命

法人であるPyCon JP Associationとして毎年語っていることで、Pythonに限らずコミュニティや勉強会はいまは東京に一極集中しているけれど、各地方に行けばPythonコミュニティが無いか、継続的な活動ができていないので「Python Boot Camp」という初心者向けチュートリアルイベントを開催することで日本各地のコミュニティづくりをサポートしてゆきたいという想いがあります。PyCon JPは大きなイベントとして企業スポンサーが協賛してくれていて、PyCon JPの法人維持だけでなく地方開催も可能になって成り立っています。いまの地方開催の支援だけが正解だとは思っていないけれど、ここでも日本国内に対する多様性が大事だと感じており、ひとつのやり方だと思っています。

「Python Boot Camp」だったり、「PyCamp CaravanとしてのOSC(オープンソースカンファレンス)出展」でPythonを知ってもらったり、「PyLadies」の活動支援など、リソースが足りなくて他にもやりたいことはたくさんあるけれど、こういった活動も面白くなると思います。

いまはCOVID-19で地方と東京のオンライン開催することで距離はなくなっている、むしろ海外からも登壇・参加できるようになっています。日本国内的な視点だけでなく、Pythonは世界みんなで使っていくオープンソースだからグローバルに繋がっていくことも大事にしてゆきたい。「Python Software Foundation」の本部があるアメリカはもちろん、ヨーロッパ、アジアにもたくさん仲間がいて特にアジアではできたての大きなコミュニティもあるので、国内・海外両方の視点で海外カンファレンスに参加したり登壇したりすることも増えていって、楽しんでいってほしい。こういった活動に必要なのは技術力ではなく、興味とか集中力のほうが大事になってきます。

これからプログラミングを習得しようとする人へ

派遣エンジニアの求人にもPythonが影響していて、Pythonエンジニア不足はベテランはもちろんのこと、実務未経験で独学だけの人でも採用が難しいという話をよく聞きます。Pythonエンジニアがあまりにも居ないので自社で育てるしかないということになっています。プログラミング教育は小学生からも始まるし、今後IT教育が一般化していくなかでPythonはその中心にあるように思います。コンピュータサイエンスの基盤を支えるところにPythonが採用され始めているから、Pythonが標準的に使われる時代はしばらく続くと思いますね。

これからプログラミングやIT技術を習得しようとする人への私の信念としてのメッセージは「しつこく諄く、ものになるまでとことんやり抜く」これに尽きると思っています。

絶対やらなければいけないことはしつこくやり抜くこと、諄い(くどい)ことは良いこと。辞めるのはいつでもできる。会社の経営もそう、PythonやPloneとのつきあいもそう、集中的にしつこくやれればものすごく定着する。車でもスポーツでも技術の習得は楽しくなるまでに時間がかかります。ある程度しつこくやって自分の手に馴染んで困らないところまで一度はやっておいてほしい。俺にはこんなもんだって途中であきらめてしまうのでは何も成せない。来た道は一回振り切ったほうが良い。特に仕組みとかオープンな技術を覚えることができれば、実は他のものも見通せるようになって応用もできます。

人生において選択を間違うこともあるかもしれないけれど、それでもとことんやりきったらそれは間違いではなくなる。選択した技術がもしも廃れてしまったとしても、そこで学んだ技術の本質は転移できる。勉強の仕方やがんばり方を学べるという経験も残る。